怪しい健康情報の見抜き方

学会発表の信憑性を高める情報が蓄積され、論文として扱われるのです・・・。
「これは学会発表されました!」テレビ番組の某司会者が自慢そうな顔で視聴者に語りかけます。そして彼は学会発表の内容(いつもそれは食品の健康効果に関するものなのですが)を解説する。ここでの「学会発表」はその食品の健康効果を科学的に裏付けるもの、ひとつの権威として利用されています。しかし、学会発表とはそんなに偉いものなのでしょうか?
私も以前研究生活をしていたことがあります。朝から晩まで実験をし、データを解析し、その結果に一喜一憂していました。ある程度結果がまとまると学会で発表しました。まだ私が研究者として駆け出しの頃は、発表の時にどのような質問がとんでくるかびくびくしていましたし、時には研究室で発表の予行練習もしました。学会では、発表された内容に対して、その研究方法、結果の解釈などに関するいろいろな質問が飛び出します。私たちはそれを糧にさらなる研究に励むのです。貴重な質問はその後論文にまとめるときに参考となりますが、逆に質問の内容から論文化を断念することもあります。私の考えていた学会発表はこのようなものです。
私は情報収集のために、健康食品関連の学会に出向くことがあります。そこでの発表を聞くと、研究方法に問題があったり、統計解析が不十分であったり、結果を拡大解釈してしまったりと、欠点のある発表も多い。しかし、誰もそれらの疑問点について質問しません。最後に座長が申し訳程度に簡単な質問をするだけです。私が質問に立つこともありましたが、なかなか満足の得られる回答が返ってきません。学会発表としてはどこか物足りない。しかし、当事者達にとってそれはそれでよいのです。
彼(彼女)らにとって「学会発表したこと」がもっとも重要なことなのです。必ずしもその研究が論文として発表されなくてもかまわない。ただ、学会で発表されることにより科学的な裏付けができたかのようにみえればよいのです。
もちろん、健康食品に関する学会発表が全てこのようなものであるといいたいわけではありません。ただ、学会発表の多くは論文発表へのスタートラインに着いたことを意味するにすぎないということであり、論文として発表されるまでは評価を保留しなければならないということなのです。この点、どうも一般の人達ばかりではなく、マスメディアもわかっていないようです。
確かに学会では最新で重要な研究結果も発表されます。それも学会の重要な役割です。そしてそれを伝えるのもメディアの役割でしょう。しかし、それはニュース番組で扱われるべきものであって、健康情報番組で扱われるべきものではありません。健康情報番組に求められる情報は、最新でありながら不確定な情報ではなく、確実な情報のはずです。このような番組は、最新の学会発表を取り上げる必要はなく、論文として発表され、評価の定まった情報を取り上げればよいのです。逆に、学会発表の形でしか紹介できないということは、それが不確実な情報でしかないことを示しているともいえるのです。
コンテンツ提供: 小内亨先生(おない内科クリニック)